人文学と法学、それとアニメーション。

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素材は一流、コックは二流──『竜とそばかすの姫』評註

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【あらすじ】

母の事故死をきっかけに歌えなくなってしまった高知県の片田舎に住む根暗でそばかすのある女子高生・すず。友人の誘いで、人間の潜在的な能力を読み取りアバター「As」を自動生成し、体感覚ごと仮想現実空間に引き込む「U」に登録し、Bellとなった彼女は、Uの世界では歌えた。最初はアンチが目立ったが、次第に動画が拡散され、その歌唱力も相まって一躍数億人をライブに動員できる歌姫になる。そんなBellのライブ会場に「竜」が現れ、竜打倒を目指す私的警察「ジャスティス」(そのボス・ジャスティンはアバターをアンベイルunveil=ヴェールを剥ぐ=アバターではない本人の身体にさせる=アカバレさせることができるライトを持つ)と竜の戦闘を傍観する中で、すずは竜がなぜこんなことをするのか気になりはじめる──。竜を探し、クリオネアバターに導かれ、竜の城に到達したすずは、竜が本当は心優しい人だと気付き、惹かれ、むしろジャスティスたちに反感を抱くようになる。竜にジャスティスの攻撃が迫る中、Uから姿を消した竜を現実世界で探して警告しようと竜の正体を暴くと、それは父親から虐待されていた東京都に住む少年であった。すずがネット経由でビデオ電話をかけるも、Bellの姿ではないため虐待のライブ映像を見ていた野次馬だと思われ通話を切られてしまう。そこですずは(しのぶの後押しもあり)ジャスティンに対し、自らをunveilするよう仕向け、現実のすずの姿でUに立ち、歌うのだった。果たして竜はすずを信用し、架電して助けを求めようとするが、父親に気づかれ、通話が切られてしまう。画面が切れる前までに映った手がかりからみんなで場所を特定し、通報するが行政は助けられないという。そこですずは深夜バスで高知から東京まで向かい、竜を助け出すことにする。東京に着き、竜を探していすずの前に、竜の弟(クリオネアバター)、そして竜が出てきて、その後を父親が追いかけて来る。2人を守り抱き抱え父親に背中を向けるすず。それを引き剥がそうと父親がすずの顔に手をかけたとき頬が大きく切れ、すずは反転させられるが、父親と対峙してもなおすずは仁王立ちのまま2人を庇い、父親を睨みつける。父親は殴るそぶりをするものの遂にすずの威迫に負け、腰を抜かし、逃げ帰る。かくして、竜は「俺も立ち向かわないと」と決意を固めるのであった。

 

 

【印象】

 

仮想空間〈U〉のなかでのBellのライブ映像の臨場感・ライブ感と中村佳穂さんの歌唱力が半端ないので、その点だけとっても劇場に観に行く価値がある。

 

「映画なんてヒロインを魅力的に撮れればそれでオッケーなのよ」(ポンポさん)という金言に従えばもうそれだけで及第点だし、ぶっちゃけそれでいいと私も思う。ただ基本構想と舞台装置は素晴らしかったが、広げた風呂敷と落とし所が噛み合わなかったという意味で色々惜しい。

 

冒頭から出てくる「欠損」のモチーフ(右前脚がない犬、欠けたコップ)、子供を助けようと増水した川に飛び込み死亡したすずの母へのネットバッシング、クラスラインと陰キャと政治を戦闘ボードゲーム風に提示する、〈U〉と〈As〉の基本システム(生体情報読み取りとアバター自動生成、自分の潜在的能力のアバター化=「本当の私探し」、全感覚没入仮想世界)、自己承認欲求肥大化虚偽インスタ幼児おばさん、自警団ジャスティスの徒党化とネオリベ的世界観、ジャスティスを支持するスポンサー企業(と映画前に流れたローソン及び日本生命とのコラボCMの皮肉)、仮想世界でのライブの壮大さ……等、特に『サマーウォーズ』以降進展したネットの正負両面及びそういうネットの影響を受けつつ、スマホやラインなどにより構築された現実の人間関係の正負両面など、極めて鋭い社会観察、風刺になっている面白い要素はかなりあった。ただ、これらをシナリオの主筋との関係で全く活かし切れていない。

 

【シナリオの問題点】

1. 二番煎じかつチープ

〈U〉の宣伝文句に引きつけて、「さぁ現実を変えましょう。」というのも、結局は『竜とそばかすの姫』という作品及び同作が属するフィクション総体による現実変容を促すという意味で『天気の子』と同じ主題系であるが、『天気の子』より後、かつ『天気の子』より直截に現実変容を訴えかけるセリフが入る点で、二番煎じかつやり口が露骨なので、これは批判されても仕方ないだろう。陳腐ないしチープにもほどがある。アニメ映画人ならメッセージを直接言わせるんじゃなく映像で(間接的に)伝える努力をしなさいよ。

 

2. 危険の緊急切迫性の弛緩

 

竜を父親の虐待から救うのがすずたちの緊急切迫した課題として設定されたはずである。にもかかわらず、すずは〈U〉で悠長にライブをする。ここはまぁ「信用」と「素顔」の話が絡むし、緊急切迫性がないともみうるから、ある程度許容されるとは思うが、にしても尺が長すぎるし、〈U〉の他のアバターの涙とか魂の光とかそこまで尺いらないのでは???

 

次に、竜に信用してもらったすずが住所を聞き出そうとするが竜の父親に気づかれ回線切断された後は、まさに竜と弟に生命の危険が緊急切迫していたはずだ(し、すずたちもそう思っていたからこそ行政に通報していたハズ)。なのに、ここもまさかの高知から東京への深夜バス。笑 何時間かかってしまうのか……    結局、緊急切迫性を煽りながら、しかしやってることは随分のんびりというチグハグがある。ネットのアバターではない、生の身体での接触をさせたかった、というのは分からないではないが、しかしそれは緊急切迫性の演出と合致しない。もう少し整合性があるストーリーにできなかったのだろうか。また、そもそも「ネットのアバターではなく生の身体での接触こそが大切」というような陳腐な先祖返りをしてどうするの、とも思うので、是非ネット経由で生の身体での接触無しに緊急切迫状況を上手く切り抜けて欲しかったですね、『サマーウォーズ』後の発展を背負っているはずのすずさんには。

 

さらに、なんで「50億人がすれ違うこの世界(=〈U〉の世界)」で出会った竜が日本国内に居るんだよ⁉︎「生の身体接触>ネットアバター接触」のテーマを示したかったのは先に述べたようにわかるが、ここもご都合主義が過ぎる。

 

3. 解決にならない解決演出

小娘ひとりに凄まれたくらいで中年男性は怯えないでしょ(『未来のミライ』的安直な家族観をこれまた安直に虐待批判に切り返したもんだから、安直さだけは依然健在?)……また竜と弟連れて高知帰るとかではなく、竜が「俺も立ち向かわないと」という解決にするのも安直。依然自助じゃん……で、結局は観客の意識変容による解決に丸投げ??

 

【結論】

というわけで、『サマーウォーズ』の監督だけあって、『サマーウォーズ』以後のネット社会及び現実社会での人間関係の問題は非常に上手く剔出できていたと思う一方、シナリオ主筋の「虐待からの生の身体を張っての救助」はあまりにグダグダである。

 

個々の素材はよかったのだが、どうやらコックは調理に失敗したようだ。競合店舗の新メニューが大ヒットし目に入ったせいかもしれない。

 

【最後に雑感】

ルカちゃん悪いやつじゃなくて良かった…笑 あの駅でのルカちゃんとカミシンの差異と反復は最高で、劇場内からも思わず笑い声が漏れたし、私もそうだった。笑 同様に、合唱団のマダム5人全員がすず=Bellとアカウント特定してたのも笑った。知っとったんかい!笑