人文学と法学、それとアニメーション。

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真の強さとは?──『クライ・マッチョ』評註

かつてのマッチョたる老人と、マッチョを目指す青年のロードムービーとでも言えばまとまるだろうか。

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1.あらすじ

かつては一流と呼ばれた白人でマッチョのカウボーイの老人マイク・マイロが、友人(ハワード・ポーク)の息子ラファエロ・ポークを、メキシコの母親リタのもとからアメリカに連れ戻す頼みを受け、連れ戻すお話。

(1)マイクが落馬し、もはや一流の騎手ではなくなったとき、ハワードに借金を肩代わりしてもらい、家の差押えを免れた。ほとんど国際的誘拐にあたる行為であるから、マイクは断るが、ハワードは「恩」を強調し、渋るマイクを説得、大金を渡しメキシコに派遣する。ハワードによれば「ラファエロは虐待されている」とのことだが、確証はない。
(2)リタは酒浸りと男遊びが凄まじいが、金持ちではある。ラファエロは家出しておりストリートで起臥寝食をしているという。もし探し出せたら勝手に連れ帰れと言い去る。リタはラファエロ「所有物propaty」と呼ぶ。そして、マイクがハワードの3人目の手先だと告げる。
(3)マイクが闘鶏場に行くとラファエロを見つけた。そこで警察のガサ入れ。警察が去った後に、ラファエロが飼っていた軍鶏が出てくる。マイクはこの軍鶏を捕まえ、首を折ると脅し、ラファエロを誘き出す。ラファエロが出てきて、そいつの名前は「チキン」ではない「“マッチョ”」だと告げる。
(4)ラファエロはマイクと同行してアメリカのハワードのところへ行くことに同意した。ところが荷造りがあるといなくなる。困ったマイクはリタのところに戻るが、リタとリタの部下アウレリオに「ラファエロは連れて行かせない。もし連れて行けば地元警察に逮捕させる。」と脅される。
(5)マイクはラファエロを放ってアメリカに帰ろうと車を走らせると、なんと後部座席でラファエロが寝ていたことに気づく。ラファエロを降ろそうとするが降りず、真摯にアメリカの父のところに行きたいと言うためマイクも連れ帰ることを決意。この後、ラファエロの着替え中に背中のあざを見つけ、リタ(とアウレリオ)による虐待が明らかになる。
(5)マイクとラファエロがレストランで食事。マイクがハワードに電話をかけるとリタだけでなくハワードからも「所有物propaty」という言葉が飛び出した上、リタ名義で投資したメキシコの物件の満期が迫りリタともめそうなので、切り札としてマイクを使うつもりだと告げられる。車に乗り込もうとしたところてアウレリオが登場。マイクを誘拐犯呼ばわりし、周りの聴衆を味方につけラファエロを取り返そうとするが、ラファエロが「アウレリオに暴行された!」と背中のあざを見せながら説明したため、逆にアウレリオが聴衆からボコボコにされる。
(6)マイクとラファエロは検問を避けたがちょっとした隙に車を盗まれ、近くの町まで歩き、服を買って変装し、車を盗み、ある町に行き着く。そこで女主人マルタが営むレストランに入り、食事をする。町に警察が来るか、マルタが機転を効かして店の看板をclosedにしてくれたため事なきを得る。一服してマルタの店を去るマイクとラファエロだったが、再度検問があり町に帰り、町外れの無人教会で一夜を過ごすことにする。
(7)このとき、ラファエロはマリア像前のベンチで寝ようとするマイクに、「マリア様の前だよ!」と注意する。しかし、マイクは気にかけない様子で準備する。ラファエロは続けて「信じてないの?」と返す。「マリア様は気にしないさ。それとも、マリア様はマリア様を信じていない者を助けないのか」と返す。「そうだよね、たしかに変だ。」とラファエロ。「人は皆誰かの子だ。」とマイク。今度は話題がマイクの家族に。すると、マイクはラファエロに「妻と娘が…いた。でも昔に交通事故で死んだ。そこをお前の親父に助けられた。」と包み隠さず話す。
(8)朝起きて教会の外に出ると、なんと朝食が!教会に参拝したマルタが2人に気づいて、朝食を用意してくれたのだ!そう、マリアは見窄らしい、マッチョを降り、家族を亡くした(プロテスタントの?)マイクにすら、救いの手を差し伸べてくれるのだ。これは、図らずもマイクのマリア像前での前夜の心中吐露がカトリック秘蹟・告解になっていたからでもあろう。
(9)以後、マルタの家族とマイク、ラファエロは仲良くなり、半ば居候のようになる。マルタは4人の孫娘と暮らしており、その孫娘の両親の娘夫婦が疫病で死に、またマルタの夫も同じ疫病で死んだと告げられる。孫娘4人のうち2人は言葉が喋れない様子だが、手話がわかり、またなぜかマイクも手話ができる(「長い人生の道のりで覚えた」そうだ)ためコミュニケーションが取れ、仲良くなる。またラファエロは孫娘の最年長の同じ年頃の娘と恋仲っぽくなっている。またマイクとラファエロはマルタの世話にばかりなれないと、町の牧場で狩ってきた野生の馬の調教を申し出、最初はマイクの技量で、そして次第に、マイクの教えと自信のつけさせもありラファエロと共に、給金を貰えるようになる。しかもマイクの獣医ばりの知識を頼り、周辺住民、果ては保安官まで犬を見せに来る始末である。
(10)しかし、別れは突然くる。リタの通報で捜査していた連邦警察がついにマルタの町にやってきたのだ。深く事情を語らず、マルタ一家のもとを去るマイクとラファエロ。マイクは車中でラファエロに「昔はマッチョで、なんでも理解できる気でいた。しかし、歳を取り、あれはまやかしだったとわかる。」と言う。そしてラファエロにハワードの真意を告げるマイク。喧嘩となったところで、連邦警察に追いつかれる。しかし、どうやら薬物事犯と誤認したようで賄賂を渡し解放される。ラスボスはアウレリオ。しかしここで“マッチョ”が銃を構えたアウレリオの腕をここぞとばかり突きまくり、アウレリオは銃を落とす。これをマイクが拾い、アウレリオの車を奪い無事ハワードの待つアメリカとメキシコの国境へ。ラファエロの心中はまだ複雑だが、とりあえずハワードのもとへ。別れ際にラファエロはマッチョをマイクにプレゼントする。そこでマッチョの目から涙が流れる。これでタイトル回収である。マイクはラファエロに「俺の行き先はわかるだろう?嫌になったらいつでも来い。」と告げ、国境を去る。
(11)最後のシーンはマルタのレストランでホコリ舞う中でマルタとダンスするマイクのシーンである。
 
2.主題
マッチョから降りる、ということ。
人は歳をとるし、また家族を失うこともある。
男性だからといって、マッチョのままでいる必要はない。
なよなよしたラファエロはマッチョに憧れ、目指し、だからこそその象徴として軍鶏にマッチョと名付けた。
しかし、これはもちろん虚勢である。
しかし、この虚勢は、何もラファエロ・マッチョ(軍鶏)関係にのみあてはまるわけではない。
マイク(もはやマッチョではない)・マイク(以前の白人マッチョ)関係を通して、あらゆるマッチョと呼ばれる人にあてはまる。
本作は、男性がマッチョに頼らない、その意味で強い個人ではなく弱い個人として生きるオルタナティブなあり方を描いている。
それが、マイク同様、最愛の家族をアクシデントで失ったマルタとのケア的関係、縦の支配服従ではなく横の連帯であろう。
そして、縦の支配服従ではなく横の連帯を理解したからこそ、ラファエロはマッチョへのこだわりを捨て、そう名付けた軍鶏マッチョへの執着を捨てることができたのである。
しかし、本作を見るきっかけになったある識者の指摘、すなわち「クライマッチョはtrue tears」「マッチョとは雷轟丸のことなんだよ」は、さすがに爆笑してしまった。
石動乃絵とラファエロ雷轟丸とマッチョは完全にパラレルである。

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