人文学と法学、それとアニメーション。

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政治の成立――『響け!ユーフォニアム』1期『かぐや様は告らせたい?』『帝一の國』『ノラガミARAGOTO』

「デモクラシー」が描かれている作品は無数にあるが、「政治」が描かれているのは近時だと『響け!ユーフォニアム』1期10話11話、『ノラガミARAGOTO』12話、『帝一の國』、『かぐや様は告らせたい?』6話あたりで、構造上「選挙」や「オーディション」が絡む。

 

響け!ユーフォニアム』1期11話。

 

優子が麗奈にわざと香織先輩より下手に吹いて欲しいと頭下げるシーン、原作にはなくアニメオリジナルである。尺がない中でわざわざこのシーンを入れた京アニの意図は。

 

決定場面で香織に(優子より小さな音ながら)拍手を送る晴香部長が何を考えていたのか。

 

香織の演奏直後にはかなりの部員が拍手をしているが、麗奈の明らかに香織より上手い演奏を聴いた後には香織に拍手ができない。

 

晴香は普通の音楽感覚は持つはずで、ということは明らかに香織の方が麗奈より上手くはないということをわかりつつ拍手している。部長という立場からすれば(実力による評価という評価軸からすれば)中立性を欠く行動である。ひとつ考えられるとすれば、副部長たるあすかとの対比である。

 

あすかは「副部長だしそういうことできないよ」と香織を励ましには行かない。他方晴香は「部長ではなく、三年間一緒に頑張ってきた仲間として」香織を励ましに行く。晴香が香織に「納得できるといいね」というのは勝ち負けどちらでも、ともとれるが、晴香はおそらく香織が負けると思っているのではないか。

 

①滝先生は信用に足り、滝先生が最初のオーディションでソロに麗奈を選んでいること②香織/麗奈の演奏をこれまでの練習で聴いていること③あすかは来ないこと、そして④再オーディションで香織と麗奈の実力差を改めて認識したこと。

 

これらから、晴香は実力を評価軸にすれば香織ではなく麗奈がソロを吹くべきだと考えた…と思われる。にもかかわらず香織に、優子以外の皆が沈黙する中で小さいながらも拍手を送るのは、「部長ではなく三年間一緒に頑張ってきた仲間」として、負けると分かってそれでもなお再オーディションの舞台に立った香織、即ちみんなから実力の評価軸では見放されてしまった香織に対するエールなのではないか。実力の評価軸からすれば麗奈を選ぶべきだけど、しかし部長ではなく友人として、(香織ひいきの優子に加え)これ以上、香織を舞台の上に晒さないで、という。

 

優子が麗奈にわざと下手に吹いて欲しいと頭を下げるシーン。久美子に麗奈の演奏の感想を聴き麗奈の実力を認め、音楽室で麗奈を見つめ下駄箱で考えごとをしてるシーンからの夏紀の「傷つくのは香織先輩なんだからね」に対し「わかってる」と返してこのシーンで、しかもあの威勢が良くなんでもハキハキ喋る優子がここばかりは「私、どうしても香織先輩にソロ吹いて欲しいの。だから、お願い。」と明確に「オーディションでわざと負けて欲しい」とは言っておらず、麗奈が趣旨を忖度して「オーディションでわざと負けろってことですか」と返している。

 

さらに、香織先輩の想いや自分の来歴を累々述べたことに対する麗奈からの「関係ないですよね」に「関係ない、全然関係ないよ!」と返しているのだから、自分でも明らかに理がないと理解しているわけで。それでも「香織先輩は今年が最後」だからどうしても香織先輩にソロを吹いて欲しい。

 

「実力で評価すべきと再オーディションけしかけて自分は麗奈に情実で不正要求かよ」という評価は一方で確かにその通りなんだけど、それを言い出したら再オーディションの決定から一貫して優子ー香織ラインに実体的な正当性はない。せいぜい手続的正当性の怪しさから異議申し立てできるだけである。

 

要は優子は「1%でも香織先輩がソロを吹ける可能性があるなら(犯罪に至らない)反倫理的行為にでも手を染めます、それに賭けないと先輩がうかばれない」という覚悟で、自分が麗奈や滝先生(顧問)やあるいはそれこそ音楽の神様的な存在を敵に回しても香織先輩を助けないといけないという発想である。

 

香織はトランペットが好きだからこそソロを吹きたいし、でもトランペットが好きだからこそ自分より上手い麗奈にソロを譲らざるを得ない。

 

「中世古さん、あなたがソロを吹きますか。」という滝先生の問いかけは、一見すると「高坂さんの圧倒的な演奏を聴きましたか?自発的に辞退してください。」といういやらしい方向にも見得るのであるが、そうではなく、滝先生と香織と、優子含む他の部員全員含む、演奏技能がどちらが上で、どちらがソロを吹くべきか、ということについての香織自身の正直な感想を聞き、それが皆と一致していることの確認をしているにすぎないように思われる。滝先生のお父様が言っていたという「音楽は嘘をつけない」こと、それを香織自身が理解していることへの滝先生の信頼である。

 

つまり、『響け!ユーフォニアム』1期11話で「中世古さん、あなたがソロを吹きますか?」と問う滝先生と、『帝一の國』でラストに白紙投票をして堂山会長に一任する大鷹弾は完全にパラレルである。決断の要求ではなく、既に決着がついてしまった事柄についての公証としての儀礼、そのなかでも一番名誉を守る方法なのである。また、『かぐや様は告らせたい?』6話では、白銀現生徒会長は自身の不利になるとわかりつつ、井伊野ミコのあがり症を、自身に意識を集中させることで回避し、堂々とした主張をさせ、その上で撃破する。

 

透明性と納得性が確保されているのである。

 

例外は『ノラガミARAGOTO』である。

 

天の神議(合議体)による(「政治」)恵比寿への死刑宣告(auctoritas)がなされる。imperiumを保持する恵比寿討伐軍は圧倒的多数な上に誰が手を下したかわからないようにするために皆顔を隠している(segmentation)。

 

他方で、恵比寿の暫定占有尊重と弁明の機会付与を主張する夜卜、毘沙門は顕名で登場し、連帯して抵抗し適正手続(本人尋問)を経るよう主張する(「デモクラシー」)。

 

つまり、紀元前8世紀半ばから紀元前5世紀のギリシアでの観念変動と同様の位相を明確に持つ。

 

構図は完璧である。